ピープル・センタード・ケア(市民中心のケア) People-Centered Care

用語の定義
ピープル・センタード・ケア(People-Centered Care:PCC)とは,「個人または地域社会の健康課題の改善に向けて,市民がケアの主体となり,保健医療従事者とパートナーを組んで取り組むこと」3)である.
ピープル・センタード・ケアの中心概念は,「市民と保健医療従事者とのパートナーシップ」である1-3).この市民と保健医療従事者とのパートナーシップには,「互いを理解する」「互いを信頼する」「互いを尊敬する」「互いの持ち味を活かす」「互いに役割を担う」「共に課題を乗り越える」「意思決定を共有する」「共に学ぶ」の8つの要素3)が含まれる.

People-centered care (PCC) is “a community-led, collaborative effort with health care professionals to address individual or community health issues” 3).
The central concept of people-centered care is the partnership between the public and health care workers 1-3). This partnership includes the eight elements of “understanding one another,” “trusting one another,” “respecting one another,” “utilizing one another’s characteristics,” “playing roles with one another,” “overcoming challenges together,” “sharing decision-making,” and “learning together” 3).

用語の解説
<用語の特徴>
ピープル・センタード・ケアは、以下の特徴がある.
・ケアの対象を,病者である「患者」と捉えず,地域で暮らす「市民」として捉える
・市民と保健医療従事者とが対等なパートナーシップを組んだケアである
・ケアの主体は市民である
<用語の背景>
医療技術の進歩の反面,高齢化の進行,病と共にある生活者の増加,社会情勢の変化など,保健医療を取り巻く環境が大きく変化し,人々は多岐にわたる健康課題に直面している.これらの課題改善には,その人自身が健康を自分のものとして捉え,その人自身が自分の命・健康を守る行動を自ら選び,その人がケアの主体となることが不可欠である1).この改善に向け,2003年よりわが国の看護系大学である聖路加国際大学が,市民が主体的に自分の健康を自分で創る社会を目指した,パートナーとしての看護職のあり方についての研究を先駆的に取り組んでいる8).これが,従来型の医療者主導から,市民主導への新たなケア形態として “ピープル・センタード・ケア”の用語が用いられたはじまりとされている(※当時は,ピープル・センタード・ケアを「市民主導型ケア」と訳している8)).このプロセスを通して,地域で暮らす子どもから高齢者までを対象としたケア開発が行われ,ピープル・センタード・ケアの実現に「市民と専門職パートナーシップ」が不可欠であることが見出された1-3).その後も,聖路加国際大学は世界保健機関(以下WHO)看護開発研究協力センターの委嘱を受けてWHOと連携し,ピープル・センタード・ケアモデルの開発を続けている9)
一方,WHOでは,世界の保健システムが直面していた課題へのケア提供方法の根本的なパラダイムシフトとして,2007年から保健医療サービスの利用者を中心としたケアを発展させるための政策的枠組みを示した7).2016年には世界保健総会で「市民を中心とした包括的なヘルスサービスに関する枠組み(Framework on integrated, people-centered health services)」が採択7)8) された.その後、ピープル・センタード・ケアの啓発動画「What is People-Centred Care?」が作成され世界に配信されている4).この動画4)では,ピープル・センタード・ケアとは,「それぞれが望む治療がその人に提供されるということであり,(医療者から)一方的に行われるものではない」とし,医療の受け手と提供者とのパートナーシップの重要性が示されている.
<用語の説明>
ピープル・センタード・ケアの実現には,市民と保健医療従事者とのパートナーシップが不可欠であり,次の8つの要素が含まれる3).それらは,市民と保健医療従事者とが,「①互いを理解する」「②互いを信頼する」「③互いを尊敬する」「④互いの持ち味を活かす」「⑤互いに役割を担う」「⑥共に課題を乗り越える」「⑦意思決定を共有する」「⑧共に学ぶ」姿勢をもつことが挙げられている3).ピープル・センタード・ケアのプロセスのはじまりは,市民または保健医療従事者のどちらかが,個人や地域社会の健康問題を顕在化することからである.その後,市民が主体となり,保健医療従事者とパートナーを組み,共に目標を決め,計画し,実行し,評価し,その成果を共有し合う.これを,ピープル・センタード・ケアの一連の流れとして説明している3).ピープル・センタード・ケアの成果には,市民と専門職が共に定めた「目標が達成される」,市民と保健医療従事者のそれぞれに生活の質の向上や取り組み意欲につながる「個人の力がつく(個人変容)」,そして,新たなケアの開発や新たな制度の導入など「社会が変わる(社会変容)」の3つが期待されると示している3).WHOでは,ピープル・センタード・ケアの成果として,人々にとって医療をより身近なものにし,不要な医療サービスの利用を減らすことができる医療費削減についても言及している4).
<同義語・類似語>
ピープル・センタード・ケア(市民中心のケア)は,「市民」が常にケアの主体であることを意味した用語として「市民主体のケア」「市民主導型のケア」の同義語が用いられている.
類似語には,「患者中心のケア:Patient-centered care」がある.当事者を中心に捉える点は類似するが,ピープル・センタード・ケアの考え方は,ケアの対象を,敢えて病者である「患者」と捉えず,地域で暮らす「市民」として捉えることが特徴として挙げられる.
また,“Person-centered care”が類似語として挙げられる.Person-centered careは,対象を一人の人として尊重した認知症ケアの一つとして用いられている.Person-centered careの対象への取り組み姿勢は,ピープル・センタード・ケアと類似するが,ピープル・センタード・ケアは,地域社会の集団もケアの対象と捉え,またケアの成果に「社会変容」も,取り組みのはじまりから視野に入れている.
また,WHOでは,ピープル・センタード・ケアを,“People-Cetered Care4)”,“People-centred health care7)” ,“People-centred health service5)6)”と,ほぼ同義語で用いられている.
(※WHOは,centeredをcentredと表記している4)6)7)

参考文献

1) 菱沼典子(2015).市民と看護職のパートナーシップ:市民中心のチーム医に向けて.看護の精神と科学をかたちにするための看護学の招待,62-71,ライフサポート社,東京.
2) Kamei, T., Takahashi, K ., Omori, J., et al. (2017): Toward advanced nursing practice along with people-centered care partnership model for sustainable universal health coverage and universal access to health, Rev. Latino-Am. Enfermagem, 25, e2839. doi:10.1590/1518-8345.1657.2839.
3) 髙橋恵子,亀井智子,大森純子他(2017):市民と保健医療従事者とのパートナーシップに基づく「People-Centered Care」の概念の再構築,聖路加国際大紀,4, 9–17
4) WHO Video : What are integrated people-centred health services, Retrieved from: https://www.who.int/multi-media/details/what-is-people-centred-care/ (検索日:2022-10-25)
5) WHO(2015): people-centred health services 2016-2026, Retrieved from: https://apps.who.int/iris/handle/10665/180984(検索日:2022-10-25)
6) WHO(2016): Strengthening integrated, people-centred health services, Retrieved from : https://www.who.int/publications/i/item/strengthening-integrated-people-centred-health-services (検索日:2022-10-25)
7) WHO(2007):People-Centered Health Care;A Policy Framework. Geneva:WHO;2007,Retrieved from:  https://www.who.int/publications/i/item/9789290613176 (検索日:2022-10-25)
8) 聖路加看護大学 21 世紀 COE プログラム運営事務局(2008):21 世紀 COE プログラム市民主導型の健康生成をめざす看護形成拠点 研究成果最終報告書,Retrieved from: http://arch.luke.ac.jp/dspace/handle/10285/2446.(検索日:2022-10-25)
9) St. Luke’s International University, Tokyo, Japan Research Center Division of People-Centered Care Development WHO CC for Nursing Development in Primary Health Care(2021):ANNUAL REPORT 2021. 2-6, Retrieved from:. https://university.luke.ac.jp/whocc/jgl9rh0000004wwm-att/AnnualReport2021.pdf(検索日:2022-10-25)